#0316|日経アーキテクチュア 1985年12月2日|ライトの名作、旧帝国ホテル 解体から17年余を経て再現

#0316|日経アーキテクチュア 1985年12月2日|ライトの名作、旧帝国ホテル 解体から17年余を経て再現

明治村への中央玄関移築工事が完了


書誌情報

書名|日経アーキテクチュア 1985年12月2日号(第253号)

著者/編著|日経アーキテクチュア編集部

出版社|日経マグロウヒル社

初版|1985年12月2日

版|第253号

判型|A4変型判

ページ数|176ページ(帝国ホテル記事:6ページ)

サイズ|210×283×6mm

重量|-

言語|日本語

ISBN-10|なし

ISBN-13|なし

ISSN|0385-0870

定価|未確認

分類|Detail|ディテール


この本について

本号には、1985年に明治村で移築復元を完了した旧帝国ホテル中央玄関を紹介する「ライトの名作、旧帝国ホテル 解体から17年余を経て再現」が掲載されている。

記事では、日比谷での解体から明治村への移築、外装・内装工事に至る経緯とともに、「様式保存」を基本とした復元方針を解説している。

構造補強に伴うスクラッチ・レンガからスクラッチ・タイルへの変更、大谷石の再使用、PC・GRC製擬石の採用など、移築復元時の材料と構法が写真や平面図とともに記録されている。


記事冒頭には、中央玄関について「建築面積911㎡、延べ面積1583㎡の3階建」とあり、移築・復元の経過も簡潔に整理されている。

1968年(昭和43年)1〜3月|解体・輸送
1970年(昭和45年)3月|地鎮祭
1976年(昭和51年)3月|外装工事完了、以後外部のみ公開
1983年(昭和58年)11月|内装工事開始
1985年(昭和60年)10月|内装工事完成
1985年11月13日|一般公開開始

また、「総工費は約12億円」「解体から17年余を要し」と明記されている。


移築後は「様式保存」を原則とし、残存する仕上げ材をできる限り再使用しながら、意匠的にはオリジナルの姿を復元する方針だったとされている。一方、構造については現行法規に対応させるため、オリジナルから変更されている。

具体的には、旧建物ではスクラッチ・レンガ、大谷石、RCが一体となった構成であったのに対し、移築ではRC等の躯体に大谷石などの装飾仕上げ材を張り付ける一般的な工法へ変更された。また、耐震性を確保するため一部をSRC造とし、コンクリート断面も大きくなっている。

その結果、スクラッチ・レンガは薄いスクラッチ・タイルへ変更され、大谷石についても可能な限り薄くして使用された。

さらに、安全上の理由からプレキャストコンクリート(PC)製の擬石を使用する必要があり、内装工事ではGRC製擬石も併用されたと説明されている。

特に、バルコニーの手すり下端の蛇腹など、自然石では風化によって落下する危険のある箇所については、擬石へ置き換えられた。また、「躯体が大きくなり、仕上げ厚が小さくなりすぎた場合」にも擬石が使用されたとされている。

つまり、PC・GRCは単純な「大谷石の代用品」ではなく、

・落下・風化への安全対策
・構造断面変更による仕上げ厚の制約
・細密な装飾形状の再現

という複数の理由から採用されたことが読み取れる。


記事からは、PCとGRCが採用された時系列も読み取ることができる。

外装工事が始まった1970年頃には、大谷石に似た擬石をつくる材料としてプレキャストコンクリートが最良とされ、試行錯誤の末に製作された。

しかし、PCは細かな彫刻を施した内装用擬石には不向きだったため、1983年に内装工事が始まるまでに開発されたGRCが採用されたと説明されている。

GRCについては、本物の大谷石から型を取り、擬石を一つずつ製作したことに加え、大谷石特有の「ミソ」を表現するため、山から拾った倒木の木くずを混ぜたという具体的な製造方法まで記録されている。


また、69ページ左下に掲載された柱の写真キャプションには、彫刻が摩耗している石が旧帝国ホテルの解体材を再使用したものであることが明記されている。

この写真とキャプションから、1985年の移築復元完成時点において、少なくとも一部の大谷石が旧帝国ホテルから引き継がれた再使用材であることを具体的に確認できる。



引用|日経アーキテクチュア編集部『日経アーキテクチュア 1985年12月2日号』日経マグロウヒル社, 1985.


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